フリー著作物と集団知の時代

僕もいくつかフリーで配布しているスクリプトやプラグインはあるけど、昔は黙って使われると腹が立ったし、使うなら断れと思った。実際、ブログにそういう断りを入れていた時期もある。でも、多分それは違うんだろうな。と、今は考えている。とは言っても、ムカツクことは正直あって、コメント欄に絵文字を入れられるスクリプトを公開したら仲のいい友達が使ってくれた。実際には会ったことのないネット上の知り合いだけど。

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以前、ブログのページでプログラムのソースコードを引用させてもらった方がいて、その方とは面識がなかったんだけど引用させて頂いた挨拶を先方のブログに残した事がある。

そうしたら、次の返事を頂いた。一部抜粋。

ネットで拾えるものは、もう自由で良くね!かな?。

ここで、誤解があるといけないから補足すると、その方の言っているのは「自分の書いたソース」に関して、黙って勝手に使えばいいと言ってくれているわけだ。

僕は、それを読んで凄いなと思った。

こんな事もあった。

ネット上の知り合いが、ブログのテンプレートを無償公開していて、たまたま情報商材アフィリエイトの詐欺みたいなサイトが、そのテンプレートを使っていたので、「使われてるの知ってる?」って聞いたらこう言われた。

「知りませんでした。でも、公開してるんだから誰でも使ってくれれば嬉しいです」

これも、また凄いと思う。清濁併せ呑むという事か。

僕もいくつかフリーで配布しているスクリプトやプラグインはあるけど、昔は黙って使われると腹が立ったし、使うなら断れと思った。実際、ブログにそういう断りを入れていた時期もある。

でも、多分それは違うんだろうな。と、今は考えている。

とは言っても、ムカツクことは正直あって、コメント欄に絵文字を入れられるスクリプトを公開したら仲のいい友達が使ってくれた。実際には会ったことのないネット上の知り合いだけど。

そして、その絵文字ソフトに不具合があったので、ある日バージョンアップをした。そこで、バージョンアップをしたから交換してくれと言ったら拒否された。

理由は、その不具合には困っていない。新バージョンには公開者サイト(つまり僕)へのリンクがある。そのリンクを外すなら交換する。という事だった。

その瞬間、その大事だった友達は、僕の中では大切ではない、ただの知り合いになってしまって、その後はほとんど会話をしなくなったし、そのブログも見なくなった。

リンクを入れたのは、他に使いたい人がいた時に、どこから落とせるかを知らせるためだったんだけど。

「これいいね、どうしたの?」「拾ってきたけど、どこにあったか覚えてない」という会話を見つければ、リンクを入れようと考えるのは自然な事で、「新バージョンに差し替えて欲しければ、そのリンクを外せ」というのはどういうことだろうと思った。そのスクリプトを使っている当人にとってはリンクがあっても邪魔なだけかもしれないけどね。

とにかく、そんな理由で拒否され、僕の書いたスクリプトは不具合のあるまま交換されていない。

その不具合には困っていないから問題ないというけれど、それが交換されないのだから、僕はその不具合に恥をかかされ続けている。

設置した当人にとっては、それは僕のものではなく、自分のものになっているわけだから、どうでもいい事なんだろう。

使われる以上、それは使い手のものであって、作り手のものではないのかもしれない。

どれだけ、苦労したと思っているのか、というのは作り手の理屈。使い手には関係ない。

使った人が連絡くれるのはうまく動かない時で、困らなかった場合は、何も言ってこないのが普通だ。

不具合のあるまま出してしまったのは自分。いちいち腹を立てていてはいけないんだろうな。

以前、Linux OS の話が出た時に、こんな事を言っている人がいた。

「タダで公開するなんて馬鹿だよね。有料にすれば結構儲かっただろうに」

それ、違うんだな。タダで公開したから人が集まって、いろいろと改良されていった。誰でも自由にソースを読んで、自由に改変して、無料で自由に使ってくれ。そういうコンセプトがなかったら幼年期のOSのまま成長しなかったんじゃないだろうか。自由にいじれるから世界のハッカー達が喜んで手を入れていった。

インターネットのサーバーで使われているOSは、Linux や FreeBSD。Webサーバーソフトのapache、メールサーバーのqmailやsendmailなどは全部、無償公開されていて、誰でも自由に無料で使える。

もし、それらがなかったら、今、これほどインターネットが発達していたのかはわからない。していたかもしれないし、していなかったのかもしれない。

ANSI-Cの標準ライブラリにもなっているqsort、クイックソートのアルゴリズムを知った時には驚いたもんだけど、数々のアルゴリズムが、無償公開されずに特許をとっていたら、今の進歩は随分遅れているんじゃないだろうか。

インターネットがこれだけ発達し、ハードウェアが進化した今、誰かの流した情報は即時にシェアされ、世界を駆け巡る。

今までは、個人ひとりひとりの知識だったものが、これからは集団知の時代になる。集団という新しい生命体がネットワーク上に生まれるんじゃないかと、僕は考えている。

こないだ、店を持ちたいという知り合いと車で移動していたら、こんな事を言っていた。

「この通りいいんだよ。空室出ないか探してるんだけど、ないんだよな」

地球上の争い事というのは、これまで主に領土の奪い合いだった。土地を奪うことで勢力を拡大する。

でも、インターネット上には、土地は無限にある。ネットで店舗を開くなら空室には困らない。

これからの時代、財産は不動産から知的財産へと変わっていくと思う。

権利や特許の争奪戦になった時、これまでの進歩は停滞するのか。どうなるのか、僕はすごく興味がある。


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